肆;やっぱり私が大好き愛してる 前編

肆;やっぱり私が大好き愛してる 前編

今日の主役は間違いなく私。
私をドレスを「綺麗、すごく似合ってる」そう口々に褒めてくれる。
お腹の子供も喜んでくれているかな?
そう、授かり婚というやつ。

36歳、得に結婚願望はなかったが、産むことも籍を入れるのも、まぁ成り行きってやつだけどすんなりと決まった。
主人となった相手は元彼。仕事が最優先の4000万プレイヤー、条件としては悪くない。
一つ気になるのは一度別れた相手だという事。性格の不一致というやつで別れたのに本当に結婚してうまくやっていけるのかな。

別れてから4年ほど経った頃、
「元気?空いてたら夕飯どう?ちょっと相談があって」と、突然連絡があり驚いた。

いまさら私に何の相談だろう?結婚でもするんだろうか、なら相手に興味あるし面白そう、「うん、いいよ」そう返事をした。

昔二人でよく行った天王洲のバー、レインボーブリッジも六本木ヒルズも都会の夜景も見渡せて、女を誘い慣れている真一が「はじめ」に誘うバーの一つ。
相変わらず女遊びをしているのだろうか?初めの一杯はゆっくり一人で楽しみたくて待ち合わせより早めに着き、ミモザの泡を味わいながら都会のスワロフスキーのような輝きの夜景をぼんやり眺めてた。

「なんだ、もう飲んでんの?」
「うん、ちょっと早く着いたから」
相変わらずジムとゴルフを続けてるんだろう、いかにも仕事も遊びも出来る男の雰囲気を醸し出すことに成功した心憎い遊び心のあるスーツで現れた。

互いの4年間の空白の話に一息ついた頃、真一が相談について話し始めた。
ロスアンゼル支社の支社長に任命され行く事にした。いったら三年は帰れない。ただ一つ問題があって、こっからがお前に相談なんだよ。

真一曰く、狙っていたポジションにつけた、今後の出世を考えたらそろそろ結婚をしておきたい、海外はパートナー同席の場も増えるから。
そこでだ、今まで付き合った女のなかで一番頭の切れるやつはお前だった、だからさ結婚するならお前しか考えられないんだよ。
頼むから俺と結婚してロスに行ってくれないか?仕事を辞めてついてきてもらうんだから、お前の好きなように生活してくれて構わない、度を越さなければ欲しいものも好きなようのに買えばいい。どうだ?悪い条件じゃないだろう?

は?つい声が大きくなる。
とっくの昔に別れて久しぶりに会ったら結婚?意味わかんない。
だが真一は別れた頃とは違い、随分とギラギラした部分がとれて丸くなっていた。
自分で全てを決めないと気が済まない性格は、仕事面では役立つだろうが、恋愛ではトラブルになりがちだった。しかし今は俺が俺がな真一が消え、仕事のできる勝ち組の男にしか見えない。

うーん、少し考えさせて欲しい。ついどっちにでも転べるような答え方をしてしまった。独身女には条件が美味し過ぎてすぐ断るには惜しかった。

「前向きに頼むよ」いつの間にかタバコもやめ、クリニック仕上げだろう白い歯を覗かせ余裕の笑顔でそう言った。

悪くないかも。
その後昔話に大いに盛り上がり、あっという間に4年の空白が埋まってしまい、元彼の気安さからか翌朝二人で東京湾を眺めながらコーヒーを飲んでいた。

たった一回。命を授かってしまった。
これはもう真一と結婚する運命なんだ、子供を授かったとはそういうことだろう。私に家族か、嬉しいな、どんな子かな?会ってみたい。
真一はものすごく喜び、早速両親と上司に報告をし日本で結婚式を挙げ、自分だけ一足先にロスへ行き環境を整え私を呼ぶ、とさっさと予定を決めようとした。

ちょっとまって、知ってるだろうけど私の両親はもういないから、結婚式をしたって呼ぶ親族がいないの。籍だけいれない?

真一の実家は資産家で、別れたのには私の身上も関係していた。いわゆる相応しくないってやつ。だから結婚すら姑となるあの母親が許してくれるかさえ微妙なのに、万が一にも式を挙げるとなったら、あまりにも招待客のバランスが悪い、できれば入籍だけで済ませたい。

だが孫というのは違ったらしい。
大歓迎よ。後継がほしくて心配していたから本当によかったわ、ありがとう。
それにね、よく考えたらあなたにはご両親がいないじゃない?帰る里がないからご両親への気遣いもなくて却ってよかったわ、そういって喜んでくれた。

私が孤独なことが都合がいいなんて軽くディスられてるようだけど、揉めないならそれでいい。私が安心してこの子を産めるなら、他はお好きにしてくださって構わない。

私の父は幼い頃に病気で亡くなり、父の代わりに稼ぎ育ててくれた母も、私の高校卒業を待たず脳梗塞で呆気なく世を去った。きっと働き詰めで無理がたたったんだろう。
母が私名義の通帳に贅沢しなければ数年は大丈夫な額を残してくれていた。
月に数回記帳されている金額を見ると、いかに母が私の将来を心配し節約してくれていたかが伝わってくる。だから本当に困った時までこのお金には絶対に手をつけない、そう決めた。
元々高校卒業したら働こうと思っていた。母に楽をさせてあげたかったし、一緒に旅行に行ったりしたかった。

だから高校を卒業をし、今も勤めている不動産会社に就職した。
開店予定のオーナーとテナントさんとのマッチング、店内改装も手配し開業するまでが私の仕事。やりがいもあるし、少数精鋭な会社も仕事も好きだった。
未練がないといえば嘘だけど、この世に一人ぼっちの私に家族ができることが何より嬉しくて、それに結婚したら即海外に住む、辞める理由としては十分自分が納得できた。

入籍を済ませ、翌月には真一の住む分譲マンションへ越し、結婚式の準備や日本とロスどちらで出産しようと頭を悩ませたりして過ごす事になった。

真一が日本とロスを行き来し不在がちな代わりに、姑がマンションへ顔を出すようになった。車で通勤する彼が眺望だけで購入を決めたタワマンの36階、東京タワーがど真ん中に見える交通の不便なアーバンビューの1LDK。

姑が家で里帰り出産をしたらどう?と提案してきた。

飛行機は出産し退院後には、乗ることは可能みたいだけど新生児を乗せて大丈夫なのかな。ロスで産むのか、日本で産んで生後半年くらいしたら渡米するのか、そのどちらかで迷っていた。私は観光で道を聞く程度の英語力しかないから、出産もその後の書類の手続き等もできるのだろうか?なんでも一人でこなしてきた私は真一頼りで渡米はできない。人に期待をしてはいけない、身に染み付いた防衛。

しかし、順番としては次が挙式。授かり婚とは実に忙しい。
姑がお腹が目立たないうちにと希望したので安定期に入った来月末で日にちが決まった。結婚式にもウエディングドレスにも特に興味がなく、つわりの時期に入りドレスや料理などさらにどうでもよくて、真一と姑が楽しそうに決めてくれて助かったくらい。

私はほぼ母子家庭だったからわからないけど、真一ってマザコン?そう思う場面が度々あった。そして相変わらず俺が一番、が顔を覗かせる瞬間も確かにあった。
これ普通なの?ドレスを選ぶ基準がまず自分のタキシード、それに合うドレス、この順番普通逆じゃない?でもそんなことより、数秒でも早く横になりたかったから深く考えはしなかった。

相変わらず真一と顔を合わせるより、姑と話している方が多く時々、ん?と思うこともあるが優しくしてくれてありがたく、母が生きていたら喜んでくれただろうな、と素直に嬉しかった。

招待状を送付し少し経った頃、ロスで産まないか?と真一が提案してきた。将来子供が自分で国籍を選べるチャンスだと。ゆくゆくはアメリカの本社で働きたい希望があるとも言った。そのためにも米国籍があったほうが有利と。
そんな将来設計は聞いていなかったが、気に掛ける家族のいない私には、それもまた楽しそうにも思え、うん、姑さんにも相談しながら考えてみる、そう答えた時、

インターフォンが鳴った。

9時過ぎだ、こんな時間に誰?
女性が映っている。真一に一瞥をくれると、ヤンチャが過ぎた子供のような顔ですまん、ちょっと出てくるわ、そう言って鍵を手に出て行った。

やれやれ、女遊びはまだ続いているんだ。そんな事だろうとは思っていたし、真一が私を選んだ理由は外見ではなく私の能力と言ったから嫉妬する気も湧かない。

自慢ではないが、私はどうやら美人らしい。モテた自覚はある、外見で得したことも幾度となく。
だが一定数、お前は所詮顔だけだと下に見る男が存在する。この部分を直すといいんじゃない?そう言うと、お前は頭なんて使わなくて黙って俺の横でニコニコしてればいいんだよ、実力で大きな仕事を成功させても枕だろ、なんて陰口も。

だからこんな時間に、妻がいると知りながら押しかける女を、真一は嫌うだろう事がわかっているから心配はない。
ただ、結婚するまでに周辺を綺麗にしてくれ、これだけはきちんと言っておかなきゃ後々面倒だ。

結婚式が近くなり、真一も海外出張を控え、今後のことを楽しく語る時間も増えた。身辺整理も済んだと言ったし、自分が一番が残っているように思えたのも気のせいだったのだろう。押し付けるではなく会話のキャッチボールができ、彼があの日電話をくれてよかった、私を選んでくれて心から幸せ、そんな新婚な日々。

気になるのは、定期的に何処かへ寄り、それを私に隠そうとしている気配かな。でも女じゃないのは雰囲気でわかる、下手に突かないよう普段通りやり過ごし、いよいよ結婚式当日を迎えた。

雨こそ止んだが曇天なのが残念。まぁ雨よりはマシかな。
庭園での人前式の予定、参列者に風船を配り空へ放ってもらうのに雨だと中止になってしまう。

私側の参列者は友人と会社の元同僚、ありがたい事に社長夫婦が私の親代わりを買って出てくれた。
ふふふ、みんな笑顔で楽しそう。幸せだなぁ、そう思いながら参列者の温かい視線の中、二人で結婚誓約書にサインをした。

予定通り庭園で人前式ができて、なんだかこれから先の人生が明るく幸せであることを約束された、そんな浮き足立つワクワクに舞い上がりそうだった。そう、披露宴会場に足を踏み入れるまでは…

ー後編へ續くー
一百野 木香