肆;やっぱり私が大好き愛してる 後編

肆;やっぱり私が大好き愛してる 後編

私はそもそも結婚式に興味がなかった。
だから、進行表も席次表もさらっと目を通しただけ。
マタニティハイなのか、私の興味はお腹の子だけだったから。

祝福の行進曲が高らかに鳴り響き、会場への扉が開いた。
たくさんのフラッシュにスポットライト。
光が強くて来賓の顔がよく見えない。

エスコートされ、あふれんばかりの花で飾られた本日の主役の席へと向かう。
緊張と高揚感、手が震えていたかも。
席へつき、祝福の拍手の中一礼し、ドレスの裾を調えてもらい、ようやく会場を見渡せた。
主賓の社長夫婦はどこ?あ、同僚の顔も見えた。みんな喜んでくれている。

お母さん見てくれているかな?きっと見てくれているよね。
心残りだったであろうあなたの娘は、本日たくさんの人に祝福されてるよ。
それにあなたの孫も一緒なの。
だから天国で安心しててね、これからは大丈夫だから。
そんな事を想い、ちょっと泣きそうになった。

そうだ、中学の同級生はどこの席?一人参加の私の友。昔からバイトばかりで学生時代の友人との縁は彼女しか残っていない。
真一が、お友達は話しやすそうな面子の席にしておいたと言っていた。
人見知りという言葉を親のお腹に置き忘れてきたんじゃない?そう言って笑うほど、彼女は誰とでもすぐ友達になれるから心配はないけれど。

そう思いながら彼女を探し、こそばゆい気持ちで見つめた瞬間、
心臓が止まるかと思った。

血の気が引く
嘔吐く

急ぎ真一の顔を凝視。
ん?と、優しく見つめ返してくる。
フラッシュが瞬く。
チッ眩しくて表情がよく見えない。

私の見間違い?再び席に目を向ける。
友が座るテーブル、
友が左右にこやかに語り合っている女達、
どれも真一と縁の深い女たち。
いわゆる歴代の彼女達…

私の視線に真っ先に入る位置に配置するなんて。
やっぱり彼の真の部分は変わっていなかった。
嵌められた。いや囲われた?ううん、囚われたんだ、私。

吐き気を抑えようとするなかで、絶望しか見えない未来と、4年前の過去が
蘇る。

束縛。

真一曰く、お前はそもそも俺にも金にも執着がない、嫉妬しない女なんてお前ぐらいだよ、と。
私は母の苦労を見て育ったから、自然と自立が早かったのだろうか?そもそも誰かに頼ろう、その発想がなかった。

母の遺してくれた通帳、18歳の私を守ってくれるものがそれしかなかった。誰かを信じて頼ってしまうのが怖かった。母を失った時のような辛さを再び経験したくはなかった。

私が生きるために身につけた防衛本能、真一に言わせると心を開かない女なのだそう。
何が普通かわからないけれど、普通に真一を愛していた。
仕事に情熱を傾ける姿が好きだった。真一の全てを独占するよりも、仕事に注げるようコンディションを整えること。
それが私の役目でもあり、それが愛だと思っていた。

だから彼が苛々する時は、どれほど仕事ができて誇らしい男なのか、落ち込んだ時は敢えて励まさずそっと隣で体を寄せて安心させていたつもり。
真一が俺を全然頼ってこないと怒りをぶつけてきても、こんなに愛しているのに?と穏やかに微笑んだ。

「そういうところなんだよ!俺が理不尽にキレてもいつもどこ吹く風って顔で笑うのがむかつくんだよ!一体お前は俺を愛してるのか?それとも俺を馬鹿にしてるのか?」

その日を境に、束縛が始まった。

まずは固定電話を私のアパートに設置した。会社を退社する時に連絡をするよう強要した。そして見計ったかのように、部屋に入るか否かのタイミングで固定電話が鳴る。
3コールまでに出ないと家まで押しかけ、アパートに響き渡る大声で私を責め立てる。
約束を破ってごめんね、そんなに怒らないで、大丈夫、次は守るから。
そう言わないと静かにしてくれない。

買い物も、友達と会う事も、歯医者ですら真一に許可を取らなければならなくなった。
俺と会わない日は家にいろ、そう約束させられた。
不意打ちに固定電話が鳴る、3コール…うたた寝して取りそびれると、深夜に怒鳴りにやってくる。

やがて私の全てを管理するようになり、服や靴も彼が買い与えたもの以外は禁止。
アパートに住み続けるには真一を怒らせてないけない、母の通帳に手をつけてまで引っ越すのは違う。そう意地になって彼の怒りを鎮める事を最優先する余裕のない日々が続いた。

それでも彼の怒りは続き、ある日レストランで「私ビールがいいな」そう言っただけで大きな音を立てテーブルに手を置いた。
「お前のそういうところが苛々するんだよ、俺が今日一言でもビール飲みたいって言ったか?」
それ以来、メニューすら選ぶ権利を与えられなくなった。

「お前は黙って俺のいう事だけ聞いてればいいんだよ」

恐怖と支配、支配と洗脳。

真一の理想とする女性の生き方は義母だと言った。君臨する義父に口答えせず支える専業主婦、そんな母を誇りに思うと。
それを聞いた時、私の防衛本能がこれ以上先は危険だと知らせた。
だから彼のいう事をおとなしく聞くフリをし、別れに有効な切り札を集めてもらうために、自分の貯金を下ろした。テーブルを囲む女達との言い逃れのできない証拠のために。

なのに、別れの後悔と必要性を痛感した4年を過ごし、私を幸せにするために迎えにきた。そんなシンデレラストーリーを描いてしまった。その上、命を授かり家族ができる嬉しさにばかり目を向けてしまった。
真一の狙いは「私の自由」だったと気がつかず。

皆の目には感動の涙に映るだろう絶望で、霞む視界の中気がつくと会場が暗くなった。
拍手と共にスポットライトを浴びた真一が、照れた笑顔でギターを手に歩いてくる。
あれ?いつ席を立ったんだろう。

「実は新郎の真一さんが、新婦の奥様へサプライズを用意しておりました。こっそりレッスンに通い、二人の大好きな曲をプレゼント…」

司会者の声が聞こえる、こそこそ出かけていたのはこれだったのか。

真一は用意周到に準備を重ね、私という獲物を捕獲するために現れただけだったんだ。
流石に妊娠までそう上手くいくとは思っていなかっただろうけど、私が会社を辞め海外へ付いていく、このシナリオ通り事を運ばせることに成功し、今日を迎えたのね。

きっと海外へ行ったらパスポートも母の通帳も全て取り上げるんだろう。
全て計算済みで、この日まで本心をひた隠し、慎重に囲いへ獲物を誘い込み、ラッキーにも我が子という人質も得ることができた。
今喉を通ったワインは、さぞかし美酒だろう。

私が社長夫婦や同僚や友に、真一の本性を話して信じてもらえるかな?無理だろうな。
新婦のために拙いギターを披露するぎこちなく真摯な姿は、誰の目にも素敵な旦那さまに映るだろう。そして、それすらも計算づくなのだから、やはり真一は怖いほどずる賢い。
披露宴会場へ足を踏み入れた瞬間、きっと彼は叫び出したいほどに嬉しかっただろう。

自分の身の回りの世話をする人間が必要なだけで、誰でもよかった。
だったら唯一自分に別れを懇願し屈辱を味合わされた女を連れて行く。
席次、進行、どれも主役である花嫁を大切にしている様に目に映り、尚且つ私が幸せの絶頂から奈落への落差に気が付くだろう事も全て盛り込んで。

大成功だよ、真一。
やはり俺が大事、これは不変。だから私に仕返しにやってきたんだね。
物腰の柔らかさを習得した4年間だったのかな。すっかり騙されちゃった。

お母さん、どうしよう?
私失敗しちゃった、やっぱり自分しか信じちゃいけないね。

真一が、真一を深く愛し大事にしているように、私もやっぱり私が大事なの。
あなたに屈辱を味合わせた唯一の女が私なんでしょ?
私は誰にも頼らず信用もせず一人で生きる強さがあるの、そこ忘れてない?

絶望の花嫁に満足げに微笑む真一、フラッシュがまたたく。
いいわ、付き合ってあげる。最高に幸せそうな笑顔で微笑みをお返しする。

退場の合図、真一が紳士らしい仕草で私へ手を差し出す。

ごめんね、赤ちゃん。
こうする以外、あなたを守る方法がわからない。
ママと一緒に囲いから逃げようね。

優雅に精一杯の愛が届く様、祈る気持ちで腹部を撫でた。

真一、今のあなたは最高に愉快で、最高に満たされた気分でしょ。
私もあなたを奈落へ引っ張ってあげるわ。

本来彼にそっと手を重ねるはずの右手と、ダイヤの輝く左手で、グッとドレスをたくし上げ、ヒールを履き捨て、女達のテーブルを目指した。

できたら赤ちゃんと一緒に母の待つ天国へ行けます様に。
神様お願い、私たちを守ってください。
躊躇わず全速力でテーブルにお腹を強く打ち付けた。
気を失う最後の瞬間、友の顔が見えた。

ごめんね、赤ちゃん。
ごめんね、お母さん。
ごめんね、私。

真一、あなたと同じで私は私が大事なの。
絶望とわかっている未来へ私を行かせたくはない。

私が私を愛してあげなくちゃ、私が可哀想。
いいよね?お母さん。
間違ってないよね?

ー完ー
一百野 木香