プールサイド、照りつける日差し、急がないと溶けてしまうアイスキャンデー。
掃除機をかけるため窓を開けると、真夏の太陽が自慢げに季節を誇示している。
懐かしいな、姉と通った市民プール。母に100円玉を2つもらうのだ。
何色のアイスキャンデーを買おうかな、姉と手を繋ぎ歩いた熱を帯たアスファルト。
色白の姉と違い、水着の跡がくっきり残る私。湯船で一緒に浸かっていると
「あら、水着脱ぎわすれちゃった?」そう笑う姉の笑顔。
夏休みはプールや冒険と称した探検ごっこ、塗り絵にお絵かき。
共働きの母に代わり、庭の水やり、夕飯のお米研ぎ。年子の姉といつも一緒にコロコロ笑いながら過ごしていた。
振り返ると、夜店に売っているプリンセスペンダントのような、子供の目を引くぴっかり光る、プラスティックのようなノスタルジックな思い出。
姉は線が細く色白で、夏の花なら月見草のように儚げで、向日葵が似合いそうな私とは正反対。
静と動。穏やかで思慮深く、ささやくような柔らかい声で話す姉が大好きだった。
姉は静かに何かを創作するのが好きで、クラスの男子のがさつさを熱く語る私に「きっぱりとしたあなたの話、楽しくて好き」と、かぎ針を動かす手を止めて微笑んでくれるのだ。
物静かに自分の世界を作り上げて行く姉と、有り余る体力を外へ外へと向けて行く私。
深くじっくりと考えて話す姉、パッと直感的に答える私。
私たちは良き相談相手であり、大好きで大切な家族。
そのうちに姉の作品は、海を越えた。
姉は今、ジェントルなフランス人のご主人と工房で作品を創作し続けている。
私は姉の様な才能はないが、体力には自信がある。
筋肉を鍛える趣味が高じジムインストラクターとして働いている。
中高大とバスケに明け暮れ、その頃からの縁で健太と付き合う様になり、結婚をしもう6年が経つ。体育会系営業マンで、営業先からも可愛がられていると聞いている。
そろそろ子供が欲しい、結婚して2年ほどかな。男の子でも女の子でも、絶対にスポーツさせたいね、楽しみだ、そんな未来の夢を語り合った。
だが現実はコウノトリがやってこなかった。
残念ながら健太自身に可能性がないことが判った。
とうぜん出てくる「離婚」の二文字。
久しぶりに姉に相談をした。
相変わらず柔らかな声で、熱心に聞いてくれ、それだけで今すぐ飛んでいって姉の腕の中で泣きたい気持ちになってくる。
「健太さんが好き?それとも家族を作りたい?」
ささやく様に姉が言う。
そうだ、私は健太が好きなのだ。それこそ夏の太陽のように底抜けに明るく、脳まで筋肉なんじゃないか?と思うほど豪快に見えて実は繊細、そんな彼自身が好きなのだ。
健太がいれば太陽に向かって咲く向日葵のように、私は安心して進むことができる。
そんな事が頭を巡り、少し間ができる。
「ね、それが答えだよ?」ふふふと微笑む姉の声。
帰宅した健太に、二人で生きていこう、いや私が健太を必要としているの。お願いだから一緒にいて欲しい。
ハグが待っているかと思ったが、健太が顔を歪め苦しげに、
「ごめん、一緒にいたら俺はずっと申し訳なさを抱えて暮らすことになる。
それは耐えられない。やっぱり別れよう、それが二人にとってベストな選択だよ。」
健太の気持ちもわからなくはなかった。
私の気持ちは変わらないと今伝えたところで、健太は信じはしないだろう。
どうしたら信じてもらえるのだろうか。
どうしたら健太が私に後ろめたさを感じず共に人生を生きてくれるのだろうか。
私の気持ちが整理できるまで、離婚のことは考えさせて欲しいとお願いした。
しかし、生活はギクシャクするようになる。
気晴らしにヨガをはじめてみた。知れば知るほど奥深いヨガの世界。もやは心身を磨くのではなく精神を磨く作業。
プラティヤハーラという瞑想の鍛錬を重ねたある日、一つの光が見えた。
私は健太と生きていきたい。この軸は変わらない。でもそれを押し通せば健太は辛くなる。
「ねえ。婚姻関係を解消して互いにフリーに戻り同棲をするのはどう?
私はまだ別れたくない、一緒にいたいの。健太の心を苦しませず、私の希望を叶える方法がこれしか浮かばなかったの。ごめんね?気の利いた考えが出てこなくて」
健太が「お前…」ぽかんとした顔をしたあと、大声で笑ってくれた。
よかった、久々の健太の笑顔、そう私は太陽みたいな健太が好きなの。
笑いすぎた涙なのか、そのうち泣きながら二人で抱き合っていた。
「いいと思わない?互いがいれば。あなたと私が幸せなら人生それでいいじゃない」
健太が強く抱きしめてくる。何も言わなくていい、ありがとう健太。
「これが答え。なんだよね?お姉ちゃん」
私も姉を見習ってじっくり考えてみたよ、そっと心で呟いた。
相変わらずヨガを鍛錬している
いつかサマディという悟りの境地を開くんだ
健太という太陽に誇らしげに顔を向けて咲く向日葵でいたい
一百野 木香