【幸】弐:刻んだ愛の重さと証明

空が澄んでとても綺麗
私は私でいい
そんな証明の日だ

愛されたいだけだった
そして愛したいだけだった
いつも私の愛は受け入れてもらえない

何がいけなかったの?
お前の愛は重すぎる

愛した人はみな苦痛に歪んだ顔で去っていった
今度こそ、今度こそ大切に壊さないように
そうっと愛を育てようと頑張るのに
上手くいかない

家事は得意
胃袋を掴む自信だってあった
愛する人の望むことなら何だって答えてきた

それなのに
たった一つの私の願い
「お願いだから側にいて」
これが重いと言われるの

もう恋愛を諦めたら楽なんだろうか
そう思い塞ぎ込んでいた私を
友達がBBQに誘ってくれた

青く綺麗な空が広がる海辺で
初めましてとぎこちなく
でも夏の日差しが開放的にさせてくれ

気づけば彼と金目鯛を焼いていた
「これ煮つけで食べたいな」
「ええ、生姜と牛蒡(ごぼう)を入れてね」
「そうそう、うまいんだよなー。金目の牛蒡」

この会話がきっかけで料理という
共通の話題で盛り上がり
連絡先を交換し
やがて互いの家を行き来する「大切な人」となった

私は壊さないよう、慎重に、大切に、彼との関係を育てると誓った
けれど私の今までの愛情が彼に通用しなくて戸惑った
彼は私と同じだけ家事も料理も好きだったのだ

そう私を必要としてもらうための武器が通用しない
飽きられちゃう、嫌われちゃうかも

その内に彼が仕事で遅いと疑い
休日家で休みたいと会うのを断られると

嘘をついているのだろうか
他に好きな人ができたんじゃないか
いや浮気をしているのかもしれない

疑う気持ちがパンパンに膨らみ
嫌われると解っているのについ家に確認しに押しかけてしまう

次第に喧嘩が増えていく
あぁ、この過程はいつものパターン
彼もまた去っていくのか

彼が今月末でここを引っ越すと唐突に告げた
あぁ、やっぱり
どうして私の愛を受け入れてくれる人はいないのだろう
私は真面目に働き
遊ぶわけでもなく
彼しか見ない
浮気など絶対にしないのに

そう、わかった
それを言うのが精一杯で
彼が私に何かを言いかけていたが
怖くて聞くことが出来ず
逃げ帰ってしまった

何だか全てがどうでもよくなって
心の何かがパキンと砕けたような
生きている意味も目的も
歩いていくべき方向さえ見失い

どうでもよくなった私の脳に
一つ素晴らしく素敵なアイディアが浮かんだ
すぐさま「実行(注文)」をした

彼から何度も着信やメールが届く
家にも来たけれど、チェーンがあるから入ってこれない

大丈夫「あれ」が届いたら会えるから
だから少しだけ待っていて
音が耳に入らないようじっと手で塞ぎ
届くのを待った

準備は整った
彼の褒めてくれたサーモンピンクのワンピース
それに髪も綺麗に巻けた
後ろ姿も鏡でチェック
うん、大丈夫
彼の好きなスタイルに仕上がったと思う

「あれ」を持ち外に出ると
あの日のように真っ青で綺麗な空が出迎えてくれた
嬉しいな、きっと上手くいく

彼の家の前で深呼吸
身なりを確認し
そっと優しく
最後になるインターフォンを押す

慌ててドアを開けた彼
何かを一生懸命喋ってる
だけど私には彼の声が聞こえない

入っていい?

彼がドアを広く開け
受け入れてくれる
あぁ、やっぱりまだ大好き

狭い廊下を数歩で抜けると
右手に可愛いキッチン
二人で色んな料理を作った思い出が蘇る

そう、私は外へ出かけるのが苦手だった
彼と二人でいたかった
だから狭いキッチンで新メニューに挑戦したり
互いの得意料理を作ったり

彼と私はキッチンで愛を育てた
だから最後はここにしたかった

私の愛が重いのだとすれば
軽くすればいいんだと気がついた
軽くなれば私は捨てられなくて済む
そう自信が湧いてきた
だから「あれ」が届く今日を待っていたの

彼が心配そうに私を見つめている
それさえも彼の瞳に私しか写らないことに
私は幸せに満たされていく
でもそれが重いってことなんだと
さすがの私も学んできたから知っている

でもねこの愛し方しか出来ないの
どうして受け入れてくれないんだろうね

浮気もしない
散財もしない
家事が得意で
家が好き

愛する人と二人っきりで過ごすことが重いのなら
私はもう誰を愛しても幸せになれない
軽くするしかない

彼に微笑んでから
「あれ」を箱から取り出した

驚くよね、ごめんね怖い思いさせて
すぐ済むから待ってて

「あれ」とは私と彼の名前を刻んでもらった包丁
彼を愛した私の記録が刻まれた
愛を育んだ場所にふさわしい品

なるべく彼を怖がらせないよう柔らかな笑顔で
「あれ」を私の首に当てる

彼がすごい勢いで私の腕を掴んだ
怖かったのだろうか?泣いている

掴まれた腕が痺れてきた
だめだ「あれ」を持っていられないかも
わずかな隙を見逃さず
彼は私の手から「私の愛」である包丁を奪った

彼が怒鳴った

何やってるんだよ
俺がいつ別れるって言った?
最後まで聞かないでこんな馬鹿げた真似をして

「今月末引っ越そうと思っている」

この後に続く言葉は

俺の会社の近くなんだけど
よかったら一緒に住まないか?
そうしたらお前も余計な心配しなくて済むだろ?

だったと、早口に涙を滲ませ
何で最後まで聞かないで一人でこんな事考えてたんだよ
そう怒鳴った

お前を不安にさせず、俺も疲れない距離
そう考えて
でも断られたどうしようって
俺なりに一世一代の言葉を言おうと
緊張してたのに

やっと顔がみれたと思ったら
死のうとするなんて
どんだけ臆病なんだよ

腰が抜けるってこんな感じなの?
その場に崩れ落ちてしまった
私はてっきり彼も私を置いて去っていく
そう思っていたから

彼は言った
重いなんて思ってないし
こんなに愛されて幸せだよ
なのに喧嘩になる
それが嫌だから
どうするのがいいか考えたんだ、と

何だか二人してへたり込んでしまった

ふっと彼が笑った

しっかしお前何だよこれ
名入りの包丁ってどんなセンスしてんだよ
でも良さそうな包丁だな
しかたない
ちょっとダサいけど
越したらこいつも使おうなって

彼は後に私のことをこう言った
あまりにも愚直で
あまりにも無垢すぎて
俺だけを愛してくれる

それが相手によっては重かったんだろう
俺はしっかりその愛情に答えないといけないと思った
それだけの違いだよって

私はずっと自分が歪んでいるんだと思っていた
だから歪んだ愛が重くて嫌われるんだと

全ては私がいけなくて
だから生き続けていても
私を受け入れてくれる人はもういない
重い愛で彼を辛くさせるなら
終止符を打って
軽くしようって

お前はお前のままでいてくれ

まさかそんな風に言ってくれる人がいたなんて
私の愛が真っ直ぐで歪んでなどいないって
このままの私でいいなんて

なんかお腹すいちゃった

泣き笑いになっちゃったけど
手を繋いでスーパーに出かけることにした

泣きはらした目には太陽の日差しが痛いけど
青く澄んでどこまでも続きそうな綺麗な空を
二人で見上げるこの幸せ

一度きりの活躍だからと奮発した「あれ」を
今後使うたびに思い出すのだろう

おじいちゃんとおばあちゃんになって
笑える思い出になってるといいな

一百野 木香