伍;愛してるよ、風

風《ふう》?
今日も呼んじゃったね。
ごめん、大好きだよ風《ふう》。

秋の柔らかな陽だまりの中、毛布にくるりんとおさまって気持ちよさそうな風《ふう》。
僕の素っ気ない返事がお気に召さなかったようで、ぷぅっと頬を膨らまし可愛らしく僕を睨んできた。睨むその姿さえ可愛いよ、風《ふう》。
名前のように、ふわふわでさ、守ってあげたくってわーってなるんだ。伝わるかい?

手放したくないよ風《ふう》。
ずっとそばにいたいよ。

     大《おお》ちゃん、寂しくならないで。
     大丈夫、大《おお》ちゃんなら出来る。
     私がついているよ。

風《ふう》は、僕の親指と小指を広げた分くらい小さい。
色白で、ふわふわと柔らかそうな髪に、そりゃあ可愛くクルンとしたパーマがかかっててさ、いつもふにゃんとした笑顔で、存在そのものが綿菓子みたいな女の子なんだ。

サークルの飲み会で先輩が連れてきた時、空気がふんわり変わったのが印象的だった。なんだろう?小動物的な?真っ白なウサギみたいな?うん、そう、そんな感じだ。
あのもふもふを撫でたい衝動にかられ、結構勇気を出して言ったんだ。

「はじめまして、商学部二年の嵯峨大輝《さがだいき》といいます。もしよかったらライン交換してもらえませんか?」

「おおぃ、直球。は、はじめまして。須藤風《すどうふう》といいます。文学部四年です。丁寧なご挨拶、ありがとう…大輝《だいき》くん…って呼べばいいかな?ライン交換、喜んで」

そう、またふにゃんと微笑んだ。
年上と思わなかった。っていうか黙ってたら高校生くらいしにか見えないぞ?
よし、連絡先ゲットした。

あの日僕は興奮したんだ。
風《ふう》のさ、ちっちゃくて守ってあげたくなる可愛らしさにイチコロってやつさ。

アタックし続けた僕の願いがようやく叶い、風《ふう》が
「私で良ければよろしくね、大輝《だいき》くん」と交際を承諾してくれた。

付き合ってからの風《ふう》は、僕のことを大《おお》ちゃんと呼んだ。
誰からも呼ばれたことのない呼び方でくすぐったかった。
だいき・だいきくん・だいちゃん…そんなところだ。

「私しか呼んだことのない名前なんだね。嬉しいなぁ、大《おお》ちゃん」
これまたふんわり、にっこり笑うんだ。
あぁ、ちっちゃくて柔らかくて、大事に持たないと潰れそうな…うーん、何だ?
そうだ、やっぱりお祭りの綿菓子みたい。もしくは生まれたての雛か?

僕たちの交際は順調だった。先に社会人になった風《ふう》だけど、相変わらず綿菓子のように可愛らしく、ふわんとした雰囲気そのまんまで、僕が社会人になるのをのんびりと応援してくれた。

僕は密かに決めていた。
風《ふう》がのんびり暮らせるように、僕が守ってあげられるように、安定した企業に就職を決めるんだ。そうしたら結婚を申し込もうと。
だから頑張った、そりゃ頑張ったさ。可愛い風《ふう》を守る権利が欲しくて。ここで頑張らなくていつ頑張るんだ!って。気合いだよ、気合い。

頑張ったのか運が良かったのか、希望する会社に内定をもらった。
叫んだよ、映画みたいに。
神様!ってさ。
見てたらきっと笑うよね。
「大《おお》ちゃん、絶好調だね、嬉しいねぇ」てさ。

     うん、見てたらきっと笑ったね私。
     よしよししたかもよ?
     あ、でも届かないから
     しゃがんでもらわないと。
     大《おお》ちゃん大っきいからね。

緊張したな、プロポーズ。
花に詳しくないから、お気に入りの風《ふう》の写真見せて、彼女の雰囲気で花束を作ってください、できれば小さめでってお願いしたんだ。
花束を持ち歩くなんて恥ずかしくて、でもプロポーズに花束は必要だと、よくわかんないけど思ってさ。

出来上がった花束は、おっきめのブロコッリー。
淡くてアイボリーって言うのか?それとピンクの花が入ってて、風《ふう》に見せたら喜ぶだろうなって可愛らしさだった。

指輪も用意した、これは決めていた。お店の人はピンクゴールドって言ってた。僕は詳しくないからわからなかったけど、リボンになってて、ダイヤモンドが載ってて、指にリボンが巻いてあるみたなデザインなんだよ。
風《ふう》の薬指に可愛いだろうなってビビッときたんだ。絶対これって。

緊張したんだよ?風《ふう》
僕たち双子だったんじゃないのかってくらいニコイチだったから、断られることはないだろうって思ってはいたけどさ、まだ早いよ大《おお》ちゃん、って言われそうでさ。

     そうだね、大《おお》ちゃん。
     なんだか緊張が伝わってきて
     私まで緊張しちゃったよ。

ばっちり受け取ってもらえて良かったー、っていうかさ、もう指輪と花束に目が釘付けになってて、可愛かったなぁ。
大《おお》ちゃん!すごく可愛いよ、ほらみてみて、私の宝物!って、にっこにこ左手見せられて、得意げに花の名前を教えてくれてさ。
覚えてるよ、ピンポマムだろ?ラナンキュラスにガーベラ、あとアンティークローズだよね。

あんなに喜んでくれて、男冥利に尽きるっていうか、生まれてきて良かったなーって本当思った。絶対に幸せにする、絶対に大切にする、何がなんでも守る、そう改めて誓ったんだよ風《ふう》。

     ありがとうね大《おお》ちゃん。
     ほら見てよ、やっぱりこのおリボン可愛いねぇ。
     女の子の大好きが詰まってて
     大《おお》ちゃんが
     私の宝物をくれたんだ。

あれから沢山楽しいことあったよ?
旅行も行ったし、美味しいもの食べたり、沢山手も繋いだし、沢山目を見て話したし、これでもかってくらい二人で一緒にいたよね、風《ふう》。

でもさ運命を操っているやつを呪い殺したくなる出来事が「やっぱり」やってきてさ、僕と風《ふう》を引き離そうとしたんだ。
でも、予定調和みたいで、そう感じる自分が嫌で、僕の運命と交換して欲しくて。
でも交換したら風《ふう》を誰が守るんだ?ってぐるぐる考えて、絶望っていうのかな、そんながっかりな気持ちに支配されたよ。

後から考えても僕たちうまく行きすぎてたんだ。二人で一つの完全体、そのくらいぴったりなのが時々怖かった。
こんな早くに運命の人と出会って、順風満帆で大丈夫なのかな?って。互いの考えていることがわかりすぎて、ぴったりすぎて、失ったら僕はどうしたらいいんだろうって。

     大《おお》ちゃん私も一緒だよ。
     テレパシーが通じるみたいでね。
     言葉なんていらない感じ。

運命に抗ってやる。楽しい事で運命を変えてやるって思って色んな場所に出かけたんだけど、でもそれが僕の「思い出づくり」みたいに思えてさ、馬鹿みたいに「楽しみ尽くそう」って躍起になってるのは誰のためなんだ?って悩んだ。

風《ふう》を喜ばせようとしてやっている事が、まるで風《ふう》の人生の終焉までのカウントダウンパーティーを企画しているみたいでさ。
なんだか自分がとっても汚らわしく感じて嫌気がさしたよ。

皮肉だけど、風《ふう》との思い出づくりを「急がないと」時間がないのも確かだった。
病魔ってやつだ、じわりじわりと風《ふう》のちっちゃな体を蝕んでいく恐怖。

ほら、二人で一つの完全体だからさ、風《ふう》が「無理して」笑っている事も、風《ふう》が僕を遺していく辛さも、僕の中の|片割れ《ふう》が色んな風《ふう》を感じ取ってしまうんだ。
僕の笑顔も、楽しい予定を詰め込むことも、そして僕のとてつもない失う恐怖心も、残念だけど風《ふう》に隠せている自信はさっぱりなかった。

だからさ、僕の命を少しでも分けられないかな?って真剣に願ったよ。
足して二で割れないかなって。そうしたら僕たち寂しくないのに。
運命って残酷だ、そんなありきたりな陳腐な言葉を思う日が、こんなに早く訪れるとは思いもしなかった。

あまり言葉を発せられなくなってからの風《ふう》は、痛々しくて、でも僕がしてあげられることが段々無くなっていって…めちゃくちゃ辛かった。
最後までさ、僕と目が合うと笑うんだ。声が出せる時は絶対言うんだ。
「大《おお》ちゃん大好き」って。

ずるいよなぁ、本当は言いたかったんだよ?
「頼むから死なないで、僕を置いて先にいかないでよ」ってさ。
でもあんなに頑張ってる風《ふう》にそんな我がまま言えなかった。

ありがとう風《ふう》。
おかげで男らしく送り出せたと思うんだ。
まぁ、男らしさが何だか僕にはまだよくわからないけど。

こう言う時「男だから」って便利な言葉だよ?風《ふう》。
我慢するんだ、男だから。泣かないんだ、男だから。
早く忘れるんだ、男だから。いつまでもくよくよしない、男だから。
そうやっていつまでも風《ふう》を考えているうちに僕もそっちに行けるかな。

会いたいよ風《ふう》。
くるりんとしたあの髪の毛に触れたいな。
僕の手で風《ふう》の頬を包みたいよ。
声が聞きたい。
体温を感じたい。

大好きだよ風《ふう》。

きっと僕のそばで、僕を心配しているだろうから明日こそは起き抜けに風《ふう》を探して呼びかけないようにしよう、そう決めて毎晩眠りにつくんだ。これでも努力してるんだよ?

     大《おお》ちゃん知ってるよ。
     そばで見守ることはできるのに、
     寝ている頬を伝う涙を拭ってあげられないから、
     せめて私の記憶を
     大《おお》ちゃんから消せたらいいのに。
     嘘、それはやっぱり嫌だな。

寂しいよ風《ふう》。

苦しそうに肩で息しながらさ、
「大《おお》ちゃん、悪いことしたら地獄行きなんだよ?
 そうしたら会えなくなっちゃうから
 辛くてもちゃんと天国に来てね。
 私待ってるから。
 ちゃんと待ってるよ。
 安心してね」
そう言って僕の魂胆を止めたね。

だから僕は地獄行きなんてヘマをしないよう、男らしく正々堂々と天国の扉を勢いよく開けて、僕から風《ふう》を迎えにいってやる。
まってろよ、天使たち!
それまで風《ふう》を僕の代わりに何がなんでも守ってくれよな。

それが唯一の生きている理由なんてさ、風《ふう》はやっぱりニコイチだね。
天国に送り出す時迷ったんだ、指輪。
僕が預かっておこうかとも考えたんだけどさ、風《ふう》が「私の宝物」って言っていたから、そぅっと棺に忍ばせたんだ。

     ありがとう大《おお》ちゃん。
     お願いしようとしたんだけど
     もう声が出せなくて諦めてたんだ。
     愛だね大《おお》ちゃん
     薬指輝いてるよ?
     
あの時花の名前を教えてくれたのも運命だったのかな。
ピンポマムだろ?ラナンキュラスにガーベラ、あとアンティークローズだ。
風《ふう》の喜ぶ花の名前を知っていてよかったよ。

幾晩過ごそうが、僕が生きている限り風《ふう》の不在は風《ふう》でしか埋められないんだ。
寂しいし辛いけど僕の寂しいポッカリは、僕しか理解してあげられない、なんか禅問答みたいで笑っちゃうけど。
僕が死ぬまで、誰かと出会って楽しくなっても、何かに出会って夢中になっても、風《ふう》の不在の場所は埋まらないって事だけわかった。

前を向くことも、生きる気力が湧くことも、まだちょっと無理だけど、風《ふう》の思い出に浸って、心で話しかける事でなんとか立っていられる。

頑張るよ風《ふう》
泣き虫な僕も見えてるんだろう?
恥ずいな
いつか会った時からかわないでくれよ?
目を見て「愛してる」って言いたいから
いじるならその後にしてくれよ風《ふう》

   大《おお》ちゃん大好きだよ
   ゆっくりでいいから元気になってね
   そのうち笑顔も見れたら嬉しいよ私
   私も愛してるよ大《おお》ちゃん

僕と風《ふう》はさ、思っていたより早くこの世ではサヨナラになったけど、でも愛した記憶も、愛された記憶も、僕の中からなくなるわけではない。
それがまた悲しくて寂しくなる日もあるけどさ、でも風《ふう》に出会えて、ニコイチでいられた幸せは、僕が生きている限り永遠に消えない愛なんだろう。

そう思うと心にほっと灯が灯る気がするんだ。
風《ふう》に会いたい時は僕の心の中で会えばいんだって、
少しは気持ちが救われるんだ。

愛してるよ風《ふう》。

本当は今すぐにでも会いたいんだけどさ。
僕は意地でも天国に行かなくちゃいけないからね。
やってくれるよな風《ふう》。

可愛いよ風《ふう》。
大好きだよ。

−大切な人たちへ愛を込めて−
一百野 木香